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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)8990号 判決 1983年2月24日

原告

古市滝之助

右訴訟代理人

宮本康昭

被告

右代表者法務大臣

秦野章

右訴訟代理人

和田衛

外四名

被告

社団法人東京銀行協会

右代表者理事

村本周三

右訴訟代理人

奥野利一

稲葉隆

野村昌彦

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して金三〇〇万円及びこれに対する昭和五六年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決並びに被告国においては担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  訴外株式会社角田酒販(以下「角田酒販」という。)は、昭和五一年八月一九日、下谷税務署長に対する不作為違法確認請求訴訟(以下「本件行政訴訟」という。)を東京地方裁判所に提起し、同裁判所は、昭和五四年四月一二日、角田酒販の請求を認容する判決を言渡したが、下谷税務署長の控訴により、右訴訟は現在、東京高等裁判所に係属中である。

2  東京国税局間税部国税訟務官として本件行政訴訟を担当していた訴外内薗惟幾は、同年九月二五日ころ、被告社団法人東京銀行協会(以下「被告銀行協会」という。)に対し、東京国税局長名義で、原告の取引停止処分の年月日及びその理由、支払銀行等の照会を行つた。

3  被告銀行協会は、右の照会に応じて、東京手形交換所手形信用部長名義の同月二七日付書面をもつて、原告の第一回不渡及び第二回不渡のそれぞれについて、交換日、手形の種類、手形額面、不渡事由、支払銀行、持出銀行、取引停止処分の日時、取引停止処分時の原告の住所、職業を回答した。

4  そして、右回答書は、本件行政訴訟の書証として、下谷税務署長から裁判所に提出された。

5  ところで、手形取引の停止を受けることは経済活動を行う者にとつて致命的な打撃を与えるものであるから、その事実を世間一般に知られることはその者に対して計りしれない信用及び名誉の毀損を生ずるものである。従つて、手形交換所は、参加銀行に対する取引停止処分の通報等、必要な範囲を超えてこれを世間に公表することは許されない。

被告銀行協会も、右の趣旨により、定款の定めに基づき個人信用情報センターを設置し、取引停止処分の有無の照会に関する業務を右センターを窓口として行うこととしている。そして、右センターは、その会員に対してのみ照会を回答することとし、会員資格を銀行協会社員銀行、手形交換所参加金融機関及び個人に関する信用供与業務を営み社員銀行の推薦を受けた法人に限定している(個人信用情報センター規則四条)。さらに、照会目的についても、貸出、保証、当座取引、クレジットカードの発行、更新等個人に関する会員の与信判断に必要な場合、苦情処理及び信用回復のために必要な場合に限定されている(同規則一一条)。また、右規則は会員に対し、右センターの情報を自己のためにのみ利用できるものとし、他の利用に供し又は公開してはならない(同規則一三条一項)とし、右センターはこの規則に定める場合を除き登録情報を他の利用に供し又は公開してはならない(同条二項)として、被告銀行協会自らこの規則に基づく情報提供以外の行為を禁じている。

従つて、被告銀行協会は、右規則に適合せず、また、手形取引その他の経済活動と全く関係のないことが明らかな前記照会に対しては、当然回答を拒否すべきであるにもかかわらず、被告国の機関が一方当事者としての地位を占めるにすぎない行政訴訟の目的に使用されることを知りながら、前記のとおりこれに応じたものであつて、これは、原告の名誉、信用を不当に毀損する違法な行為というべきである。<以下、省略>

理由

一請求の原因2の事実のうち、被告銀行協会に対し、東京国税局長名義で原告の取引停止処分の年月日及びその理由、支払銀行等の照会があつたこと並びに同3の事実はいずれも当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、請求の原因2のその余の事実及び同1、4の各事実をいずれも認めることができ、右認定に反する証拠はない(原告と被告国との間では、右事実も争いがない。)。

二原告は、被告国が被告銀行協会に対し、右の照会をなし、その回答を証拠として裁判所に提出した行為が違法であると主張するので、この点について検討する。

取引停止処分を受けた事実が世間に知られれば、処分を受けたものの信用が失われることは明らかであるから、このような事実を濫りに公表することが許されないことはいうまでもない。しかしながら、一定の事実の公表が、たとえ特定の個人の名誉又は信用を害する場合であつても、社会全体の利益のために甘受されなければならない場合も存在する。訴訟手続における行為により事実の主張、立証が行なわれる場合も、そのような場合の一つであると考えられる。適正な裁判の実現のためには、できる限り真実が明らかにされることが必要である。訴訟当事者にとつて、真実を明らかにするために攻撃防禦の方法として事実を主張、立証することは、当然の権利であり、この権利は充分尊重されなければならない。したがつて、訴訟手続上の行為によつて、相手方又は第三者の名誉又は信用を害することがあつても、特に悪意をもつてなされた場合、換言すれば、何らの必要性がないのに濫りに名誉を毀損したり、虚構の事実によつて名誉を毀損したような場合でない限り、正当行為として違法性がないと解すべきである。

これを本件についてみると、前記認定事実並びに<証拠>によれば、以下の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

1  本件行政訴訟は、当初、角田酒販が昭和四九年七月三〇日にした酒類販売業の免許申請に対し、下谷税務署長が処分をしないことの違法確認を求める訴訟として提起されたが、下谷税務署長は、訴提起後の昭和五一年一一月二四日付で、右申請に対し拒否の処分をしたため、角田酒販は、本件行政訴訟の請求の趣旨を、右拒否処分の取消請求に変更した。

2  下谷税務署長のした右拒否処分は、酒税法一〇条一〇号の「経営の基礎が薄弱であると認められる場合」という拒否事由にあたるとしてなされたものであつて、本件行政訴訟では、その判断の適否が問題となり、下谷税務署長は、右事由にあたるとする根拠として、角田酒販の本件申請は、株式会社角田商店(以下「角田商店」という。)東京支店の営業権等を譲受けることを条件としていたところ、右譲渡の見込みがなかつたこと、角田酒販が営業資金を有していなかつたこと等を主張した。

3  東京地方裁判所は、本件行政訴訟につき、昭和五四年四月一二日、角田酒販の請求を認容する判決を言渡し、その理由として、下谷税務署長の右主張に対し、東宝商事株式会社及び東宝酒造株式会社(のち、東駒株式会社に商号変更された。以下「東宝酒造」又は「東駒」という。)の代表取締役であつた原告は、角田商店からその東京支店の営業を行うために原告が設立した会社であるから、営業権等の譲渡の見込みがなかつたとはいえない、角田酒販には、現金又は預金の用意はなかつたが、担保に供することのできる不動産を有するほか、営業資金が必要であれば、原告の方からいつでも融資できる状態であつたし、角田酒販は原告の経営する東宝酒造の製造する酒類を販売することも企図して設立されたから、販売に必要な酒類はいつでも同社から卸してもらえる状態であつた等の事実を認定し、角田酒販の経営の基礎が薄弱であるとは認められないと判示した。

4  下谷税務署長は、右判決を不服として東京高等裁判所に控訴し、「原告の方」すなわち原告自身又は原告の経営する東駒の資力ないし経営状態は、当時かなり悪化していたから、角田酒販の必要に応じて資金援助をする余裕はなく、販売に必要な酒類を供給することも困難であつた等の事実を主張し、本件訴訟で問題とされた原告に対する取引停止処分に関する被告銀行協会の回答書は、下谷税務署長の右主張を裏付ける証拠として提出された。

右認定事実に基づいて考えると、原告が訴訟当事者でないという理由だけで、角田酒販の「経営の基礎が薄弱である」か否かを判断するについて、原告の資力の程度が全く無関係であるとはとても言えない。また、<証拠>によれば、原告に対する取引停止処分は、昭和五三年六月一六日になされたものであつて、角田酒販に対する免許拒否処分の約一年七月後であることが認められるが、それだけでは、右回答書の証拠価値を否定することはできない。

従つて、訴訟追行上、被告国のした前記照会及びこれに対する回答書の裁判所への提出について、それなりの必要性ないし合理性を認めることができ、右の行為が、原告が主張するように原告に対する嫌がらせを目的としていたものとは到底認められず、また、被告国が、前記照会をするにあたつて公権力を不当に行使したような事実は認められないことからすれば、被告国の右行為をもつて、違法なものということはできない(個人信用情報セソター規則については後述する。)。

三次に、被告銀行協会が被告国のした照会に応じて回答をした行為について考えるに、前記のとおり、原告に対する取引停止処分は、本件行政訴訟の争点に関係がないとはいえないのであるから被告銀行協会の右行為もまた違法なものということはできない。

なお、原告は、被告銀行協会のなした回答は、個人信用情報センター規則に反するものであると主張するが、右規則は、被告銀行協会の内部的な規則であつて、その違反が直ちに原告に対する不法行為となるものではないし、被告銀行協会が、取引停止処分について、捜査機関、裁判所、税務官庁その他からの照会に応じて回答をしてきていることはよく知られた事実であり、これに、原告が主張する右規則の規定内容をあわせ考えれば、右規則は、手形交換所参加銀行等の金融機関からの照会に関してのみ適用されるものと解されるので、原告の右主張もまた理由がない。

四よつて、原告の請求は、いずれも理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(白石悦穂 窪田正彦 山本恵三)

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